無駄な深読み

ついったーに書ききれないことを書く、かも知れない

花丸「私とあの子と彼女」

国木田花丸です。よろしくお願いします」

 

 真新しく、まだのりが効いたまっさらな制服に身を包んだ私は簡単すぎる挨拶を済ませると、硬い木の椅子に腰を下ろした。さっきまで座っていたため自分の体温が残っており、外の気温はまだ肌寒かったが椅子はほんのりと暖かかった。

 

 今日は中学校の入学式。少子化の進んだ田舎の為、クラスは当然一つしかない。教室に入って自分の席を確認する時、もしかしたらという思いで『よしこ』という名前を探したが、そのような生徒はいなかった。

 

・・

・・・

 

 幼稚園のころ、私にはとても仲の良い友達がいた。名前が『よしこ』だったことは覚えているのだが、どんな感じを書くのかは幼かった自分は当然知らなかったし、苗字すら今になっては思い出せない。幼稚園に行くと必ずその子と遊んでいて、むしろその子と会うために幼稚園に行っていたようなものだ。

 

 その子はいつも私の知らない話をしてくれた。自分は天使なのだと語り、天界での綺麗な花畑のこと、天界であった悪魔との戦争のこと、地球に来てある2人のキューピッドをしたこと、たくさんたくさん話をしてくれた。その子は滑り台の上を天界と言って、あったことを身振り手振り表情豊かに私に教えてくれた。私はいつもその子の話を目を輝かせて聞いていた。

 

 

 幼稚園の卒園式の日、私は当然小学校もその子と一緒だと思っており、いつものように手を振ってお別れをした。しかし、小学校の入学式にその子は来ていなかった。教室中を探し、一クラスしかないことをわかっていながら縋るような気持ちで隣の教室を確認し、上級生の教室まで行こうとしたところで先生に止められてしまった。先生に聞いても『よしこ』という名前の子は一年生にはいないということだった。

 

 そういえばあの子は卒園式の時、ちょっと浮かない顔をしていた気がする。私と同じ小学校に通えないことをその時既に知っていたのか、それとも私があの子に寂しく思っていて欲しいという願望による補正なのか、今となってはもうわからない。

 

 クラスのみんなは幼稚園や保育園から一緒の仲の良い友達がいたようだが、そんな中で私は1人ぽつんとあぶれてしまった。あの子ともう会えないかもしれないという衝撃で、他の子と楽しくおしゃべりする気にはなれなかったのだ。

 

・・・

・・

 

 経緯は詳しく覚えいないのだが、小学校に入ってから私はよく本を読むようになった。とある森で暮らしている少年の元に突然森の秘密が記された手紙が届く冒険小説、幼い頃に結婚の約束をした2人が対立した状態で再開する恋愛小説、海外の名探偵が椅子に座ったまま見ているかのように事件を解き明かす推理小説など、ジャンルを問わずなんでも読み耽った。

 

 その中でも一番夢中になったのはファンタジー小説だった。いじめられていた男の子が魔法学校に入学し悪の魔法使いと戦う話、人間界を浄化しようとする天使と悪魔の力を借りた青年が戦う話、ヴァンパイアになった少年が自分の死の運命を変えるために抗う話。現実ではおおよそ起きることがないような、ドキドキワクワクする物語に強く惹かれていった。

 

 今思えば、私はあの子と会えなくなってぽっかりとあいた心の穴を本で埋めようとしていたのだろう。そのため、あの子が話してくれていた天界の話のようなファンタジー小説にのめり込んだ。当時の自分は全くの無意識だったのだが。しかし読んでも読んでも穴を埋めるには至らず、読み終えた本がいたずらに私の記憶を埋め尽くしていった。

 

 そんなこともありすっかり本好きになった私は、全員何かの委員会に入らないといけないこともあり、図書委員会に立候補した。

 

 

 

 そんな入学式の日から一ヶ月ほどしたある日の放課後、私は図書委員会の当番で図書室の本の整理をしていた。生徒が返却した本を元の棚に返し、棚の本を前に出して揃える。本を借りにきた生徒がいればカウンターで貸し出し手続きを行なう。まあ滅多に生徒は来ず本棚も乱れないので、返却された数冊の本を返した後は好きな本を読む時間だ。

 

 私がカウンターの中の椅子に座って本を読んでいたところ、返却ボックスの中に一冊、本が残っていることに気がついた。先程全て戻したと思ったが、どうやら一冊だけ見落としてしまったらしい。読書のきりもいいところだったので、残る一冊を棚に戻しに行こうと立ち上がる。一ヶ月であらかた覚えてしまった記憶の中の図書室の本の配置図を元に正解の棚に一直線に歩いていく。その途中で窓際の本棚の前に1人の女生徒がいたことに気がつく。入ってきたことに気がつかなかったな、と思いつつ彼女の脇を通り過ぎようと近づいたところ、彼女もこちらに気がついた。そして気がつくやいなや読んでいた本を慌てて棚に戻し私から逃げるように図書室を飛び出して行ってしまった。急に近づいて驚かせてしまったかなと思いつつ、彼女が読んでいた本を手に取ってみる。それは全国の高校の部活動を紹介している雑誌だった。今月はスクールアイドルの特集をしており、表紙を可愛らしい2人の女子が飾っていた。

 

 次の日は図書委員会の当番ではなかったが、静かに本が読みたかったため、放課後に図書室に足を運んだ。すると例の彼女が昨日と同じ本を読んでいるではないか。昨日私が驚かせてしまったので最後まで読むことができなかったのだろう。私が近寄ると彼女はこちらに気がつき、一瞬警戒の表情を浮かべたもののすぐに昨日会ったことを思い出したのか会釈をしてきた。私も会釈を返し、昨日驚かせてしまったことを謝った。

 

 それから彼女は度々図書室に顔を出すようになり、夏休みになるまでには一緒に下校するくらいには仲良くなった。小学校の頃はそこまで仲の良い友達がいなかった私にとっては、久々に友人と呼べる存在だった。

 

 中学の三年間のほとんどを私は彼女と共に過ごした。彼女は人見知りで、厳しい家に育ち、尊敬できる姉がいて、スクールアイドルが大好きで、そんな彼女のことを私はたくさん知った。彼女は私があの子と離れてしまって心に空いていた穴を少しづつ埋めてくれるようだった。彼女はいつも一所懸命で、好きなことにならどこまでも頑張れる女の子だった。

 

 中学2年生の時、彼女は急にいつもしていたスクールアイドルの話をしなくなり、暗い顔をするようになった。どうも、彼女の姉が高校でしていたスクールアイドルグループが解散し、家でそのことに触れることがタブーとなったようだ。今まで大好きだったものを奪われた彼女を私は見ていられなかった。

 

 なんとかして彼女を元気づけようとした時、脳裏に浮かんだのはあの子の姿だった。あの子はいつも私に楽しく愉快な話をしてくれ、それを聞く私はいつもドキドキワクワクしていた。あの子と同じことはできないかもしれないけど、私も精一杯好きな面白い本の話をして彼女を元気づけられるのではないか。そう思った私は、彼女が好きそうな本を家の本棚から3日かかって選び出し、彼女に貸した。彼女は次の日にはとても面白かったと笑顔を見せてくれ、私たちはその本について1週間は語り合った。それから私は彼女に本を貸すようになり、彼女もだんだんと笑顔を取り戻していった。

 

 

 

 

 そんな彼女との中学時代もたつがなく終了し、私と彼女は地元の高校に進学した。街の方にも高校はいくつかあったが、近所の方が通学時間が短く、読書の時間が長くとれるというのが一つの理由だった。彼女の姉もその高校に通っているらしく、彼女も同じ高校に行くようだった。そのことが私の進路選択に影響を与えたことは、小さくはない事実である。

 

 そんな海辺の丘の上にある小さな高校の入学式の日、私と彼女はある部活動の勧誘を受けた。

 昇降口で出てくる新入生を部活の先輩たちが待ち構えているのは喧騒から察していたため、私と彼女はその騒ぎが収まる頃を狙って昇降口から出たのだが、まだ一つの部活だけ残っていたらしい。なんと、その部活はスクールアイドル部だった。解散したのではなかったのかと思いつつも、私の後ろに隠れていた人見知りな彼女と勧誘してきた先輩たちの一悶着をいつものことだと受け流す。彼女の人見知りは筋金入りで、私の時と同様に、初対面の人に話しかけられると必ず逃げてしまう。

 

 その時突然校門近くの木が揺れたと思ったら、木の上から少女が悲鳴を上げながら飛び降りてきた。足の痺れを堪えた後、抑揚たっぷりの芝居がかった声で少女はこう言った。

 

「ここは、地上?」

 

 その声は私に少しだけ残っていた心の穴を一瞬で埋めてしまった。声も、顔も、ちゃんと覚えてはいないけど、こんなことを言うのはあの子しかいないという確信があった。

 

「もしかして、『よしこ』ちゃん!?』

 

 その日は私とあの子と彼女が初めて出会った日だった。

 

ー終わりー

 

 

 

過去作

かすみん誕生日ss【にこかす】

https://guwhare.hatenablog.com/entry/2021/01/23/005813